間取りの恐怖

上の見取り図を見て何か気づいたことはあるだろうか。
そう、我が家はトイレとお風呂場そして唯一の洋室が近く、しかも全ての入り口が玄関のすぐそばにあるのである。
おかげでお風呂場から出ると玄関から丸見えになってしまって、住んでいるのが女の子だったら結構困るんじゃないかと思うのだ。それでも私が借りるまではここの借り手はほとんど女性だったというから、それなりに工夫してやりくりできるものなのだろう。幸いこっちはもう若者とは言い難い歳になりつつある男なのでそれはたいして困ってはいないし、その斜め前の洋室も仕事場兼打ち合わせ場所として使っているので、散らかった他の部屋を見せることなく人を呼べる分、このレイアウトで大いに助かっていたのだ。
 だが、悲劇はある夏の日に起きたのである。
その日はえらく暑い日だったので窓を開け放って仕事をしていたのだが、ちょっとトイレに入って出ようとするとどういう訳かドアが開かないのである。そう最初の間取りを見て感の良い人は気がついていると思うが、トイレに入っている隙に風で洋室のドアが開いてそれがトイレにドアを塞いでしまったのだ。
ようやく事態が判ったものの、ちょっと押せばどうにかなると言う当初のもくろみに反してドアはびくともしない程しっかり塞がっている有様だった。しかも、真夏の昼間と言うこともあり密室の温度と湿度は刻一刻と上がってくる。
ここにいたってようやくやばいと思ってきたのだが、閑静な住宅街と言うこともあって人通りも少ないし、さすがにこの事態でも自宅のトイレから助けを呼ぶというのはあまりにも恥ずかしすぎて、どうしても叫ぶ気にはならなかった。
では、道に面したトイレの窓から脱出するというのはどうだろうか。しかし、これも防犯用に最初からか先代の住人が付けたかわからない格子のおかげで、かろうじて手を出せるくらいの隙間しか開いてなく、これも駄目そうだ。
温度と脂汗でシャツはぐっしょり濡れてくるし、ふと「一人暮らしの男性、トイレで変死」と言う間抜けな見出しが頭に浮かんで来たが、さすがにそれはあまりに間抜けすぎる。そう、なんとしても脱出しなくてはいけなかった。出来るなら人の助けを呼ばずにである。
 結局、助かったのはこの家のぼろさのおかげであった。押して駄目なら引いて見ろの格言ではないが、本来押して開くはずのトイレのドアを力ずくで押し引いて、開いた隙間から何とか手を伸ばして反対側の扉を押しやって、ようやく真夏の密室から脱出出来たのである。その間2時間近く脱水症状の危険性と隣り合わせの恐怖であった。
 後日、DIYのお店に行って洋室の扉が開いても決してトイレの扉を塞ぐ位置までいかないように、ストッパーを取り付けたのは言うまでもない。それにしても、これまで何十年もいろんな人が住んでいた筈だが、トイレに閉じこめられた人は誰もいなかったのだろうか。それだけが残された謎である。


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