「禁じられた遊び」

 「遠い空の向こうに」と言う映画が上映された。1957年に人類初の人工衛星スプートニークが打ち上げられたのを見て、ロケットづくりに熱中したアメリカの少年たちの話だ。僕は元々子供の頃はこうしたものづくりがたまらなく好きだったので、この話を見て当時の少年たちがとてもうらやましく思えたものだ。
 実は同じ頃、日本でも同じようにロケットづくりに夢中になった青年たちがいたのを知っているだろうか、かなり本格的なロケットの打ち上げまで成功したもののそれが元で起きた山火事のせいもあってそれ以後、本格的なロケットの打ち上げは日本では事実上不可能になってしまったと言うのだ。詳しくは今月(2000年3月号)の雑誌「ラピタ」を見て欲しい。

 さらに時代は進んで60年代の学生紛争のころ、今の神保町の古書店街で「栄養辞典」と言うタイトルの藁半紙で出来たような素っ気ない本が売られていた、手に取ってみるとそれは料理の本ではなく爆発物の非常に詳しい専門書なのだが、面白かったのは当時これを闘争用の武器としてではなく、趣味として爆発物を作っていた学生たちがいたことである。これも今月のカメラ雑誌(朝日カメラかなんかのコラムだったと思う)にのっていた話であるが、それによれば日経の「私の復歴書」の中には今活躍しているエンジニアの方の中に少なからず、当時の趣味は爆発物の製造だったと書かれている方が多いそうだ(余談だが爆発物の制御方法はレンズ設計とつながる部分がある、第二次大戦中対戦車用に作られた整形炸薬弾などがその技術によって作られたものだ)。

 さて現在、ロケットにあこがれた少年たちも薬品を調合して爆薬を作る少年たちもいない。これはその時代背景の違いもあるけれども、それ以上に警察やらなんやらの規制がうるさくなってしまったせいでもある。いまでもロケットづくりや爆発物に興味をもつ少年たちも少なからずいるとおもうのだが、彼らはもうそうした情熱をぶつけることは出来なくなってしまった。自分も含めてもう少し早く生まれていたらと思わないでもない。

 今はインターネットが、これらの代わりとして技術的な遊び場を提供しているともいえるだろう。だが、今後何年かしてインターネットにアクセスする時、いちいち資格や身元を細かく問われるような社会になって、これも禁じられた遊びになっていないかと危惧する今日この頃である。


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